ムダなこと

  • 2015.05.02 Saturday
  • 12:06
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昨日描いたゼンタングル。

そうそう、ゼンタングルは描いた後破り捨てます。

なので手元にはなんにも残っていません。

破り捨てる事も案外馴れてくるものです。





ムダについて


心屋仁之助先生が神社ミッションといって、お賽銭に1万円札を、


またはそれ以上入れるという事を提唱していますが、


それの元々の発想はお金をドブに捨てるということだったそうで、


それではあんまりにも批判が起こるだろうと、


神社にお賽銭するならなんかスピリチュアルっぽくて許されるか、と


神社ミッションになったというのがあるのですけど、


最初読んだ時は、なに〜〜〜!!と結構な衝撃を受けました。



考えてみれば世の中、損する事に敏感で、


得したい、損したくない、ってことばかりで、


ちょっとした店員さんのおつりミスや


サービスのちょっとしたミスにもケチを付けて、
(たったの数百円しか使っていないくせに!)


クレーマーも増えていると聴きますし、



なんかギスギスしていますが、



心屋先生のおかげで無駄があってもいいじゃないか、と思えるようになりました。







無駄だって誰かの潤いになるし、



自分だってそれを受け取る事があるかもしれないし、



身にならない事でも、心の余裕になったり、喜びになったりすることの効用はお金に換えられない。







心屋先生のこの言葉に出会うまで、


私は実はものすごい合理主義だったのですが、


結果的にはずいぶんムダもしていました。




安いものを探す時間、


物が悪くて気に入らないので結局買いなおす、


上手いセールスに乗ってしまう(得したいから)、等々、、、


なにより、気持ちがキュ〜っと狭くなっていたのではないかなと思う。





最近思う事は、


無駄が無ければ世の中から仕事を奪われる人が続出するでしょうね。


それじゃ一部の人しか生き残れない。


多くの人がそれぞれに好きな事をして、


ムダと思われる事もあって、


みんながムダを楽しんで、


そうしない人もいて全然よくって、



そして、ある人がムダと思っても、ある人には必要だったり、


こんなレベルで仕事あるのか?と誰かは思っても、


誰かにはヒットして必要とされる。


ムダとは
・役に立たない
・無益
・しただけの効果がない

という事ですが、


ムダの効用も同じだけあると思います。





神社ミッションのように率先して損するという、


なんとも前衛的な(といっても昔は貧乏な人の所にこそ托鉢に行ってお金を出させたらしい)、


あり得ない事をしてみると、


それでも自分は大丈夫と知る事になるし、


むしろ、その後で大きな徳をした人も続出しているようです。


(私もちょっとあったよ)




お金に関しては、私がものを言えるような事ではないですが、


それでも振り返れば、結構好きに生きてこられたかなと思います。





描いたばかりのゼンタングルを破り捨てるとき、


それは、それは、新鮮な感覚になります。


正直、まだ馴れませんが、


破り捨てた所で、何も失っていません。



描いた事はムダだったか?といえば、


全然、そんな事はありません。


プチ創造的な楽しい時間です。




 

昨日描いたゼンタングル

  • 2015.04.29 Wednesday
  • 09:26
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昨日のゼンタングル。

誰が何と言おうと、ゼンタングル!(笑)

ま、そうじゃなくても良いのですけど。

なんだかお気楽な感じに出来上がり、後から見て何度も笑ってしまった。

特に楽しい気分でもなかったのだけど、不思議です。

私、絵は苦手なのですが、これは得手不得手関係なく描けて面白いです。

毎回出来上がった物を見て、自分の調子を客観的に見られるのかなと思います。

教えてもらった僧侶の方が、心の内側が現れると言っておられました。

最後に描けた絵を囲うのですが、それは自分の内側がむき出しに外の世界に出ているのを囲う、という意味があるそうです。



 

物を大事にするという事

  • 2015.04.28 Tuesday
  • 07:56
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初めて描いたゼンタングル。

意味は全くありません。

思いついたまま、気の向くままに描きます。

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最初はこんな感じに四隅に点を描いてそれをつなぎ、3本の線を自由に描きます。

あとは中を好きに描いて、最後にまわりを囲います。

描くという表現さえ違和感を覚えるほど、

ただなんとなく、出てくる物を、紙にのせる、

って感じでしょうか。

写経にも似ているような、瞑想的にもなれます。




さて、本題。

物を大切にするということについてです。

前にも書きましたが、こんまりさんこと近藤麻理恵さん流の片付けをして思ったことです。

こんまりさんは衣類をたたむ時、「いつも暖かくしてくれてありがとうね〜」とか、

「可愛くしてくれてありがとう!」とか、

衣類にありがとうをいいながらよく手で伸ばしてたたむようにと言っています。

それでやってみたら、物に対する愛しさや感謝や愛着が断然増すのです。

これには驚きました!

多分、言葉では伝わらないと思うくらいの衝撃!

これが物を大切にするということか、と深く納得しました。

まるで物との交流関係ができるようでした。

好きな物と良い関係があるからこそ、大切にしたいし、ちゃんと物が休める場所にしまいたい。

そうする事が楽しくなります。


物を大切に扱い、物が喜んでくれる、心地良く休んでくれる、

そんな行為は一方的に整理するという事とは違う、温かみのある交流なのだと思いました。

片付けごときに大袈裟なと思われるかもしれませんが、

物を大切にすることで、今までの概念と全く違う物との関係が生まれ、

結果、片付けの意味が変わってしまう。


こんまりさん流で片付け終わった部屋の空気感は素晴らしく整っていました。

それは、いままでの片付いた部屋以上に、玄関を入ってすぐ感じ取れる程です。


物を大切にするって、こんなにも意識が変わることだったのか!と目からうろこな経験でした。




 

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